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ロードバイクメーカーPINARELLOの魅力に迫る

ロードレース史に輝く、名門メーカーを挙げようとするとき、真っ先に挙がる名前のひとつに、古のホリゾンタルフレームを最も長く継承した老舗メーカー、ピナレロがある。

それもそのはず、1991~2007年までの実に16年間に渡って、ツール・ド・フランスとジロ・デ・イタリアの2大レースにおいて、その個人優勝者のすべての愛機は、ピナレロ・ビアンキ・トレックの3社のものに限られていたからだ。

カーボンフレームの実用性がロードレース業界で注目され始めた頃、マグネシウム合金フレームを得意とした同社の動向が注目されたが、2007年に東レからカーボンシートの提供を受けたピナレロは、多くの老舗メーカーが淘汰されていく中で、時代の潮流に飲み込まれることもなく、世界の第一線で活躍を続けた、

したがって、1988年以来< 常勝ブランド >としての価値を維持し続けたピナレロに対して、世界中のファンが抱く印象は、終始一貫して< 最速 >の二文字であったと言える。

「 ただし、いつか、誰かが、再びこれを証明しなければならない 」

ピナレロ創業60周年を迎えた直後、最速の証明は、2度に渡って世界に示されることになる。

2013年/2015年のツール・ド・フランスで2度の個人総合優勝を果たしたのは、圧倒的な強さでピナレロを駆るクリス・フルームだった。

が、輝かしい同社の歴史の前章には、もうひとつのドラマがあった。

それは世界2大レースの1つ、ジロ・デ・イタリア史上たった5人だけがもつ、<最下位>に対して6年間だけ授与された称号=< マリア・ネーラ >、最後の一人に関する物語だ。

ジロ・デ・イタリア最下位賞=マリア・ネーラの受賞者リストには次の名前がある。

・ 1946 Luigi Malabrocca
・ 1947 Luigi Malabrocca
・ 1948 Aldo Bini
・ 1949 Sante Carollo
・ 1950 Mario Gestri
・ 1951 Giovanni Pinarello

マリア・ネーラ最後の1人に名を連ねるのは、プロ通算5勝を上げて1952年に引退したプロレーサー、ピナレロ創業者ジョパンニ・ピナレロその人である。

「 最下位のものが作る自転車 」

後年、「 狙ってあえて狙って獲得した 」という逸話が広く知られるようになるが、果たして本当にそうだったのだろうか。

プロレーサー引退直後、自ら工房を立ち上げて自転車つくりをスタートする若きジョパニにとって、最下位の称号 」がプラスに働いたようには到底想像できない。

けれども男は成し遂げた。

自らの想いを物言わぬ自転車に託して。

2014年、最速のマリア・ネーラ/ジョパンニ・ピナレロは、創業から61年を経て、92歳でその生涯を閉じる。その一生を通じて、ツール・ド・フランスを舞台に、彼が証明した最速の記録は、延べ10回を数えた。

2015年、実に11度目の、ツール・ド・フランス制覇によって、ピナレロ最速の証明は再び更新される。

この大記録に並ぶ実績を持つ自転車メーカーは、未だ現れてはいない。

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