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ロードバイクメーカーFELTの魅力に迫る

ドイツが誇る新興自転車メーカー・フェルト社は、日本との関係が極めて深い。

というのも、同社創業者のジム・フェルトは、1980年代ヤマハ/カワサキ/スズキ/ホンダなどの日本の主たるバイクメーカーのモーターレース用モトクロスを整備してきた、元来はモータサイクル畑のメカニックであるからだ。

ご存知の通り、今日、二輪自動車業界が日本メーカーの独壇場となっている背景には、戦後のモーターレース史における日本メーカーの輝かしい実績と無関係に語ることは不可能だ。

モーターレースにおける< 日本の二輪は速い >という証明なくして、現在の日本二輪自動車メーカーの隆盛はなかったと断言できる。

この証明を現場で支えた多くの外国人メカニックの一人に、ジム・フェルトの名が連なる事は、疑いようのない事実といえるが、FELT社という世界に冠たる自転車メーカーの誕生には、日本の二輪自動車メーカーの存在なくしてはありえなかった点は、極めて興味深い。

今日、< フレームの魔術師 >の異名で知られるジム・フェルトは、1989年、「 自身が乗るため 」に、トライアスロン用自転車フレームの設計・開発をスタートした。

「 モトクロス触ってると、当時の自転車フレームのつくりは稚拙に見えたから 」

これが、自作の理由らしい。

その出来の良さは、プロの目から見ても歴然であり、当時自転車事業部の立ち上げを企画していたイーストマン・スポーツによって、ジム・フェルトはヘッドハンティングされ、後に伝説となる彼の物語が動き出す。

イーストマン・スポーツに籍を移したジム・フェルトが、自転車フレームの設計者として世界の注目を浴び、現在では風洞実験施設まで要する自転車メーカーに成長した< フェルトの快進撃 >の切欠となった事件は、同社で設計・開発を担当したトップ・アスリート=ポーラ・ニュービー・フレイザーが、ハワイ・コナ島のアイアンマンレースにおいて、シム・フェルトが作り上げた漆黒のマシンで飾った優勝まで遡ることができる。

「 この速くて黒くてカッコいい自転車は何だ?」
「 FELTってシール貼ってあるけど、そんなメーカーないよね? 」

フレームの魔術師=ジム・フェルトの名を多くの人が知ることとなったこの1枚のシールは、< たまたま手元に残っていたモトクロス時代の自分のシール >だったわけで、彼の人生の転機は、その精密な設計スタンスとは裏腹に、偶然によるところが多くある。

したがって、FELT社が創業した2001年当時、数多く存在するハイエンド用レース機材の提供メーカー1社に過ぎなかった同社が、僅か10数年後の今日では、世界27カ国に凡そ140モデルを供給する中堅メーカーにまで成長できた理由は、2人の盟友の存在によるところが大きい。

つまりは、3代続いたワシントンの自転車屋の息子=ビル・デューリング(米)と、経営学と経済学を修めたエンニジア=ミヒャエル・ムルマン(独)である。

BMXの販売を通じて知り合った愛すべき3人の自転車馬鹿は今日、ロードバイク/トライアスロンバイク/シクロクロス/BMX/マウンテンバイク/トラックレーサー/軽快車に至る広範な領域で数多くの名車を世に送り出しながら、自転車レースの歴史にその名を残しつつある。

2013年のツール・ド・フランス1日目において、3人の自転車馬鹿の魂が込められたFELT社製ロードバイクを駆るマルセル・キッテルは、マイヨ・ジョーヌを手にした。

男たちの覚めない夢は、やがて現実になるという証明に、私たちは図らずも立ち会っている。

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